韓国選手団が五輪選手村に「反日横断幕」?大韓体育会「選手の士気が上がるような応援文句を」=李舜臣将軍は「抗日英雄」として、映画やドラマに描かれた。ソウルのグァンファムン(光化門)広場には銅像が建てられ、「100ウォン」硬貨や旧「500ウォン」紙幣のモデルにもなっていた。(画像提供:wowkorea)
韓国選手団が五輪選手村に「反日横断幕」?大韓体育会「選手の士気が上がるような応援文句を」=李舜臣将軍は「抗日英雄」として、映画やドラマに描かれた。ソウルのグァンファムン(光化門)広場には銅像が建てられ、「100ウォン」硬貨や旧「500ウォン」紙幣のモデルにもなっていた。(画像提供:wowkorea)
日本メディアの東京スポーツは去る15日、韓国選手団が選手村に掲げた横断幕について報道した。

 これを前に大韓体育会の関係者らは東京オリンピック(五輪)選手村の韓国選手団居住棟に太極旗と共にイ・スンシン(李舜臣)将軍の名言を連想させる横断幕を掲げた。横断幕には「臣にはまだ5000万国民の応援と支持が残っております」という文が書かれていた。

 東京スポーツは「(韓国選手村の)横断幕は朝鮮の海を守った李舜臣将軍の語録を応用したものだ」とし「李舜臣は豊臣秀吉の朝鮮出兵に抵抗した反日英雄として韓国では神格化された存在だ」と述べた。

 続けて「(李舜臣将軍のような)反日の象徴を持ち出して、日本と当時の朝鮮の間の戦争と関連した言葉を選手村にかけて論争が予想される」とし「韓国と日本は東京五輪をめぐって竹島(韓国名:独島)表記と旭日旗使用などで葛藤している」と付け加えた。

 1592年から始まった朝鮮出兵(文禄・慶長の役、壬辰倭乱・丁酉再乱)の末期、既に国民英雄になっていた李舜臣将軍は朝鮮国王・宣祖の嫉妬により水軍の指揮権を失った。1597年の7月の「漆川梁海戦」で豊臣秀吉の日本軍に大敗した朝鮮水軍。朝鮮国王は戦船が12隻しか残っていない状態で李舜臣に水軍の指揮権を戻した。

 そして、水軍は諦めて陸軍に編入されて戦うように命令した朝鮮国王に李舜臣が送った返事がこの「今臣戦船、尚有十二、舜臣不死」(今、臣にはまだ戦船12隻が残っております。舜臣は死んでいません)との言葉。1597年の9月、李舜臣は12隻の戦船で日本水軍の330隻の船を迎え撃ち、大勝を収めたとされる。

 この「鳴梁海戦」は韓国でドラマや映画にもなり、李舜臣将軍は1597年の11月の終戦と同時に英雄らしく戦死した。嫉妬深い国王から逃れるため戦死を装っていたとの陰謀論もある。

 韓国において李舜臣将軍は「抗日英雄」として、ソウルのグァンファムン(光化門)広場に銅像が建てられ、「100ウォン」硬貨や旧「500ウォン」紙幣のモデルにもなっていた。また李舜臣が考案したとされる「亀甲船」は救国の象徴にもなっている。

 日本のネットユーザーらは「これがオリンピックの政治的利用」、「IOCは韓国選手団にペナルティを与えるべきだ」、「韓国にはオリンピックに参加する資格がない」などの反応を示している。

 一方、大韓体育会関係者は横断幕について「今大会は日本で開催するだけに、特別なメッセージを準備した」とし、「選手たちの士気が上がるような応援文句を探していたが、ある職員の提案で当該横断幕を準備した」と明らかにした。

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